I. はじめに
本研究は、江戸時代の絵双六に描かれた「食」を読み解くことを通して、当該期の「食」の特質、とりわけ名物・名所・名産がどのようにして描かれたのかを検討することを目的としている。
絵双六とは、絵入りの双六のことである。双六とは、中国から入ってきた盤遊戯の一つで、日本において平安時代に貴族を中心に流行したものである。競技は二人相対し、それぞれ黒白の駒十五個を一定の排列に並べ、二個の采を交互に振り出し、現れた采の目に従い駒を進める。細かなルールは割愛するが、最終的には、相手方の地内に駒を進め終わった方が勝利となる。
これらの双六に絵が入ったものが絵双六である。江戸時代には、一枚摺りの絵双六が流行した。絵の題材には様々な事柄が使用された。東海道五十三次が描かれた道中双六(図1)は絵双六の中でも有名である。その他、江戸の名産・名所を描いた絵双六(図2)、出世に伴う仕事が描かれた出世双六、様々な商人・職人の仕事が描かれた絵双六(図3)、役者・芝居の絵双六等、単に場所が描かれているものから、全体に物語的な要素を組み込んだものまで多様な作品がある。
II. 研究内容および方法
今回の分析では、これらの絵双六のうち、江戸の名産・名所を描いた絵双六を素材に、モチーフ・構図等について、相違点や類似点を検討することで、江戸時代の「食」はどのように描かれたのか、その実態に迫りたい。
第1章 絵双六に描かれる絵の特徴から見えてくる「食」
本章では、江戸の名産・名所を描いた三つの絵双六を通して、描かれる場所や料理について特徴を整理し検討する。
(1) 江戸の名所・名物を描いた絵双六
① 『東都名物遊覧双六』(図4)
『東都名物遊覧双六』は、文久元年(1861)に一笑斎房種によって描かれた絵双六で、「振り出し」(スタート)から「上り」(ゴール)まで、合計四十五種類の絵が描かれている。そのうち描かれるものの大半が「食」に関する図案であることが特徴の一つと言える。
一目すると、完成された料理が描かれていることがわかるが、一方で、店先の風景や製造工程が描かれているものもある。例えば、「大橋 八つ橋団子」(図5)には、団子を焼く店員の姿が描かれ、「深川六軒堀 中汲酒亭」(図6)、「浅草山谷 桜あめ」(図7)は店の看板や目印が示されている。
② 『新版大江戸名物双六』
『新版大江戸名物双六』は、嘉永5年(1852)玉蘭貞秀によって描かれた絵双六で、「振り出し」(スタート)から「上り」(ゴール)まで、合計四十種類の絵が描かれている。『東都名物遊覧双六』と同様、「食」に関する図案が多く、例えば、「浅艸川のしゞみ」(浅草川のシジミ)では、漁をする様子が描かれ(図8)、「芝ゑび」(芝のエビ)では、獲れた海老そのものが描かれ(図9)、「高輪あなご」(高輪のアナゴ)では、アナゴを売る人と買い求めようとする人が描かれている(図10)。
③ 『新版御府内流行名物案内双六』(図11)
『新版御府内流行名物案内双六』は、一英斎芳艶によって描かれた絵双六で、弘化4年(1847)から嘉永5年(1852)頃の作品である。「振り出し」(スタート)から「上り」(ゴール)まで、合計六十六種類の絵が描かれている。先の二つの絵双六に比べると駒を進める場所が多いことがわかる。また、『東都名物遊覧双六』のように振り出しから上りまで一本の道筋で描かれているわけでもなく、双六というよりは、一枚物の名物案内図という印象が強い作品である。
(2) 描かれる場所と構図の特徴
三つの絵双六の特徴を踏まえ、江戸の名産・名所を描いた構図に注目し、そこから見えてくる特徴を整理する。まずは、三つの絵双六に共通する部分の描かれ方から確認しておきたい。図12・図13・図14は、それぞれの絵双六から「振り出し」の箇所を抜き出したものである。これらを見てみると、いずれも、日本橋を描いていること、後ろに富士山が見えることが共通して読み取れる。『東都名物遊覧双六』(図12)では、「日本橋初荷賑」と記されており、正月二日の初売りの様子を描いたものであることがわかる。『新版大江戸名物双六』(図13)には、二匹の魚が描かれ「日本橋魚市」の文字が大きく記されている。『新版御府内流行名物案内双六』(図14)には、「日本橋あさいち」「売出し」の文字が読み取れる。
このように、同じ場所を描いているものであっても、何を特徴として取り上げるのかについては、作者次第で異なっていたようである。とはいえ、いずれも振り出しを日本橋と定めていたことについては共通しており、当時の人々にとって、江戸の名産・名所を特徴づける場所の最たるものが「日本橋」だという共通認識があったことが伺える。
振り出し以外の場所について見てみると、必ずしも同じ場所・同じ名産・名物が取り上げられているわけではない。作者の好みによるものか、その場所を代表する名産が複数あるという理由からなのか、詳細は今後検討する必要があろう。ただし、その理由を考えるための一つの手かがりが料亭八百善を描いた図にある。図15は、『新版御府内流行名物案内双六』の「さんや八百善」で、表玄関が描かれている。一方、図16は、『新版大江戸名物双六』に描かれた「山谷八百善料理」である。この二つを比較してみると、前者は建物を、後者は素材となる魚を描いており、モチーフが異なっている。『新版大江戸名物双六』では、前述したように振り出しのところにも魚が描かれている。これらのことから、この作者は魚を描くことを得意としていた可能性もあり、それが図案の選択に影響していたとも考えられるであろう。
(3) 料理の描かれ方の特徴
絵双六には、様々な料理が描かれている。それらの描かれ方には、どのような特徴があるのだろうか。ここでは、鰻と蕎麦を事例に検討する。
① 鰻
江戸前の名物である鰻が名物として描かれている。図17は『東都名物遊覧双六』に描かれる「狐うなぎ」、図18は『新版御府内流行名物案内双六』に描かれる「うなぎめし」であり、この二つを比較するといくつかの特徴を読み取ることができる。まず、前者の鰻料理には徳利が描かれ、後者には急須が描かれている。ここから鰻単独の料理には酒の組み合わせ、「飯」には茶が出されていたことが推測できる。この点は、この料理が実際にどのように提供されていたのかを知るために貴重な情報であり、絵双六に描かれる料理の信憑性を物語っている事例とも言える。
② 蕎麦
次に蕎麦の描かれ方に注目をする。図19~図22は、『新版御府内流行名物案内双六』と『東都名物遊覧双六』に描かれた蕎麦である。これらを見てみると、蕎麦の盛り方、使われる容器や皿やざる等、それぞれの店によって異なる様子が見て取れる。この点については、前述した鰻料理にも共通する特徴だと言えよう。
第2章 『新版御府内流行名物案内双六』に見る酒と茶
『新版御府内流行名物案内双六』に描かれる料理の多くには、酒と茶が添えられている。ここでは、それらの絵から、酒と茶の提供のあり方について検討する。
図23は、『新版御府内流行名物案内双六』から、酒が添えられている料理を抜き出したものである。これらを見てみると、料理の添えとして、目立たない程度で徳利が描かれ、ここに出されている料理を注文する客が、同時に酒を注文していたことを思わせる。また「どぜう」(ドジョウ)「柳川」「がんなべ」(雁鍋)等の鍋料理と酒との組み合わせも読み取れる。そして、徳利は枡に収められて、料理の膳とは別に配膳されることが多かったことも見てとれる。
次に、茶についても同じく『新版御府内流行名物案内双六』から抽出した絵(図24)から特徴を読み取る。まずわかることは、茶が描かれる料理には、酒は描かれていないことである。先に見た酒が提供されている料理と比べてみると、こちらは、ご飯や餅、しるこ等であり、いかにも酒より茶が適した内容となっている。次に、急須が置かれている位置を見てみると、徳利の位置や配膳の仕方と共通していることがわかる。
III.結果および考察
本研究では、絵双六に描かれた「食」の特徴を整理し検討を試みた。その結果、作者の得意とする構図やモチーフ等があるとは言え、店舗の様子、調理風景、食材、容器、提供のあり方等を読み取ることが可能であることがわかった。当該期の「食」のあり方を知るための手がかりとしての絵双六の価値を示すことができたので、これを手始めに、絵双六から江戸時代の「食」を読み解く作業をさらに進めて行くことを今後の課題とする。


























